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リラックス歯科治療の勧め

・ リラックス歯科治療外来

 ここ数年,大学病院などで「リラックス歯科治療外来」なるものの標榜が目立ってきました.もちろん厚生省認可の標榜科名ではないので,看板には出ていない,名店の裏メニューのような感じで,院内標榜されています.ところが,意外にマスコミで取り上げられる機会が多く,かなりのにぎわいを見せています。
診療内容は,文字通り,「リラックスして歯科の治療を受ける外来」ということですが,なぜそんな科が賑わうのでしょう。

  強度の嘔吐反射)を有し,俗に言う歯科恐怖症になってしまい,何年間も歯科治療を放置してしまう。歯科治療時に脳貧血様発作や過換気症候群の様な合併症を起こし,いやなイメージがどんどん膨らみ,そのまま歯科医院に行かなくなってしまう。
そして口腔内が崩壊し,消化管活動にも,審美的にも問題がでて,人前に出たくなくなるといった悪循環に入ってしまいます。
その悪循環を切るために,麻酔科的な薬物を使用して,ストレスを取り除き,患者さんの歯科診療に対するイメージを変える。
それがリラックス歯科治療外来の役割の一つです。
つまり精神鎮静法や全身麻酔下に歯科治療を行うことで合併症を減らし,「安全で快適な歯科診療を行う」ということです。

・ 歯科医師と患者の感じるストレスのギャップ

 歯科診療中に起こる合併症のほとんどはいわゆる脳貧血様発作(迷走神経反射)や過換気症候群など精神的なストレスが原因となるものです。局所麻酔薬注射に関わる時間帯に最も頻発するため,患者のなかには「私は局所麻酔薬アレルギーです」と言う方がみられますが,その時の対処法を聞くとほとんどが上記の発作です。しかし合併症の発症時期を調べた報告によると,待合室で待っている時や,軽い処置を行っている時にも発生しています.なぜでしょう?

歯科診療前に,患者と歯科医師それぞれに,「今日行う予定の治療に対するストレスがどのくらいあると思いますか」というアンケートの結果、患者が最もストレスを感じると答えた治療は無麻酔による切削で,歯科医師が最もストレスを感じるであろうと答えた治療は埋伏歯抜歯でした。この二つは患者側と歯科医師側で順番こそ違いはしたものの,双方ともストレスであると考えているので,ギャップはそれほどありませんが,注目すべきは,根管治療(綿栓交換)や捕綴物合着など,歯科医師側がほとんどストレスがないと考えている物に対し,患者側が意外にストレスがあるというものでした。

歯科診療を始める際に,十分なラポールの形成や説明をしていても,実際の治療時に受けるストレスは治療者側が考えるものと患者側が感じるものでは差があるということを十分に頭に入れておく必要があると思われます.

・ 日本人は我慢強い?

 欧米(特にアメリカ)では,智歯抜歯の際に全身麻酔が適応されることが一般的になってきています.ただし,アメリカで智歯を抜いた人の話をよく聞くと,いわゆるdeep sedation(意識下鎮静(conscious sedation)に対して使用される深い鎮静)で抜歯されている方も多いようです.こういった話を医療ジャーナリスト系の方が聞かれると,日本の口腔外科は野蛮であるとか日本人の「我慢強さ」に頼っているなどといった表現をされてしまいます.

歯科麻酔科的リラックス

 さて,そこで,歯科麻酔科が行うリラックス法の代表的な方法が精神鎮静法と全身麻酔法です.全身麻酔法はリラックスを通り越しているかもしれませんが,最近は薬の進歩により,導入・覚醒時や術後のストレスもかなり少なくなっています.

・ 静脈内鎮静VS笑気鎮静

 精神鎮静法には,静脈内鎮静法と吸入鎮静法があります.効果の確実性から言えば,静脈内鎮静法の方が有利でしょう.ただし,静脈内鎮静法を安全に行うには患者管理の専門医(歯科麻酔医など)やモニタ(血圧計,SpO2)などが必要になります(静脈内鎮静法の安全運用ガイドライン).マンパワーやモニター設備の面から簡便性は笑気の方が上かもしれません.このモニタですが,歯科診療時にモニタをつける習慣はなかなか拡がりません.しかし先ほど書いた脳貧血様発作(迷走神経反射)の中には心停止を起こしている場合もあるので ,以前に合併症の既往のある患者や侵襲の大きな処置の場合,是非パルスオキシメータだけでも使用する習慣をつけて欲しいと思っています.

 笑気吸入鎮静法は,効果が不確実なためと,吸入により気分が不快になる人がいることなどから,最近使用される頻度が少なくなっています.

 笑気は,観客に吸わせて気分を良くする興行に使われていたガスです .吸入した客がいい気分になり,興奮して向こうずねをぶつけて出血したにもかかわらず,当人はけろりとしており,正気に戻った時に足の傷と痛みに気が付いたというエピソードから,歯科医師wellsが抜歯に適用しました.ところがハーバード大学での公開実験で失敗してしまいます.この時失敗した理由が,あまりにも強壮な患者を選んだこと,ガス嚢を早く離したため十分な麻酔が得られなかったことなどが考えられています.患者が悲鳴をあげ,見学者の物笑いとなってしまいました.数年後にボストンの医師会の席上でリベンジを試みますが,ガス発生装置の不備で再度失敗してしまいました.やはり笑気による鎮静(麻酔)は不確実さが歴史的にもあるようです.

 もう一つ笑気の最近の人気の低下の理由の一つに環境問題があります.笑気(亜酸化窒素)は昔から大気中に含まれる微量成分の一つですが,ここ100年で大気中の濃度は急激に増加しています.そして1分子あたりの温暖化効果は二酸化炭素より格段に高いといわれています.さらに大気中での安定性が高く,他の環境汚染ガスと比べて寿命が圧倒的に長いとされています(150) .そんなこともあり(術後の嘔気,嘔吐の原因や,高濃度での循環や呼吸への影響なども理由),最近では全身麻酔中でも使用される頻度が減ってきました.

・ プロポフォールやマイナートランキライザーの気分の良さ.

 一度静脈内鎮静法下で歯科治療を経験した患者に「次回もこの管理方法を希望しますか?」という質問を行うと,ほとんどの方が希望すると答えます.これは対照となっている患者が,歯科に対して多少ならずとも恐怖感をもっている方が多いからだけではなく,低位埋伏歯の抜歯や長時間にわたるインプラントなど比較的手術侵襲が大きいために鎮静法を受けた,特に歯科診療に対して恐怖感を持っていない方でも希望します.これは,鎮静法による恐怖感の除去以外に,トランキライザーや静脈麻酔薬による「気分の良さ」があると思われます.マイナートランキライザーはご存じの方も多いと思われますが,依存性,中毒性があります.プロポフォールは無いと言われていましたが,イギリスで麻酔科医が常習して捕まったりしたところをみると,やはりかなり気分の良い物なのでしょう.私個人も実験の被験者になりプロポフォールとマイナートランキライザー3種類を投与された経験がありますが,私の場合,健忘効果が強すぎて,どれが一番気持ちよかったか覚えていません.ただ確かに鎮静中に歯科診療が終わってしまえば楽だなぁーと思ったのは事実です.私自身長時間口を開けていることや歯科診療は嫌いですから.

・ 鎮静法は全身麻酔より安全?

 鎮静法は教科書的には全身麻酔と比較し,安全であるとされていますが,これはあくまでconscious sedationと言われる,浅めの鎮静の時であり,歯科恐怖症や異常絞扼反射の患者ではいわゆるdeep sedationと言われる深い鎮静状態が必要になることがあります.そうなると気道と術野が重なる歯科診療の場合,気道の確保は患者にゆだねることになるので,気管挿管がされている全身麻酔より安全性の面で不利になることもあります.安全に行うには,連続的なモニタ管理のための術者以外の管理者が必要になります.静脈内鎮静法の合併症や副作用のほとんどは舌根沈下や呼吸抑制です

・ 全身麻酔は安全?

 全身麻酔による歯科診療のメリットは短期集中的に一気に治療を進められるところです.

全身麻酔はプロポフォールという薬品の出現により日帰り麻酔等,侵襲の少ない手術に関しての安全性は飛躍的に進歩しました.

 だからといって,「全身麻酔は安全です」と私は言いません.「特殊な状態を薬剤を用いで作るわけですから,100%安全ではありません.ただし,トレーニングを受けた人間が行い,絶え間ないモニタリングをすることで,事故が起こりにくくなっています」と言った説明をしています.

 気道に術野が存在する歯科口腔外科領域において,鎮静法に比べて,全身麻酔の方が明らかに安全である部分は気管挿管による気道の確保です.しかし,気管挿管は安全である反面,全身麻酔の手技のなかで最もトレーニングが必要なものの一つでもあります.力道山の手術の際に,麻酔を担当した外科医が挿管できずに,窒息死したのは有名な話です.挿管困難は気管内麻酔を行う上で常につきまとう危険の一つですが,現在ではDAM(Difficult Airway Management)がかなり発達し,挿管困難に対する道具や対策がねられています.力道山が手術を受けた時に,その場に麻酔専門医がいれば,もう少し空手チョップの話が最近の若者にも通じたかもしれません.

・ 最後に

 鎮静法や全身麻酔は適切に応用すれば,極めて有効な管理法です.しかし不適切な管理方法や,知識や使用法の未熟による偶発症発生の可能性も常に有しています.特に歯科領域の処置は気道の入り口であることを念頭において管理をすることが重要だと思われます.歯科診療に対する嫌なイメージを少しでも払拭するお手伝いができるよう我々歯科麻酔専門医は努力していきたいと考えております.

文献

田村洋平,福田謙一,他:歯科麻酔科外来における「リラックス歯科治療外来」の動向,日歯麻誌,200634(2)225-226
久保浩太郎,縣 秀栄,他:東京歯科大学千葉病院における院内救急症例の検討,日歯麻誌,200533(1) 68-74
間宮秀樹,一戸達也,他:歯科治療のストレス評価-患者はどの治療がいちばん恐いのか-,日歯麻誌,199624(2)248-254
渋谷鉱,山口秀紀,他:静脈内鎮静法の安全運用ガイドラインに関する研究,日誌医学会誌,20062542-53
古屋英毅,金子譲,他:歯科麻酔学 第6版,2003,医師薬出版,東京


本文章は、
歯科麻酔専門医・歯科麻酔学会認定医であり、
  NHO栃木病院歯科口腔外科・手術部麻酔科医長 の縣秀栄先生が
平成18年10月に宇都宮市歯科医師会広報誌に掲載したものからの抜粋です。

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